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IDENTITY(アイデンティティ)

IDENTITY(アイデンティティ)

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(5.0)
1人が登録
10回参照
2025年11月30日に更新

書籍情報

ISBN:
4022516062
ページ数:
264ページ
参照数:
10回
登録日:
2025/11/30
更新日:
2025/11/30

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📝 レビュー (餼羊軒さんのレビュー)

評価:
5/5
レビュー:
◽️雑感
 本書は、現代政治の論点の経済政策よりアイデンティティに転変しぬることを指摘し、左右両党いづれも或は周縁化・或は等閑視せられたる人々の不承認への憤懣を政治利用せる現状を分析す。現代左派批判の視座は、ローティの文化左翼論に類せり。

 筆者は、アイデンティティ概念の原型は政治思想史の脈絡の中に見出し得、と思想家等の思索の変遷を追ふ。ルソーは承認欲求を社会の出現の影響の負の産物と看做ししかども、今日の自然科学の知見は矜持自尊心をセロトニン等と聯関ある生物学的特徴なりと明かしたりとぞ。

 著者の列挙せるナショナル・アイデンティティの効用
1. 秩序と統一性との提供:多様なる集団を纏め、国家に共通の目的を与へる。
2. 政府の質の向上:官僚は近視眼的利益に替へて、公共の利益を優先するやうになる。
3. 経済発展の促進:国民が国の為に働くことに誇りを持ち、国家主導の開発を可能にする。
4. 広範囲な信頼の醸成:集団内の信頼(結合型社会関係資本)のみならず、社会全体に於る信頼(橋渡し型社会関係資本)を育む。
5. 社会福祉の維持:国民が「大家族」の一員であると感ぜれば、弱者を支援する社会プログラムへの支持が高まる。
6. 自由民主主義の実現:国民と政府との間の暗黙の契約の基盤となり、民主主義の機能に必要なる共通の文化や価値観を提供する。

◽️不正確大要
 本書は、2016年のトランプ米大統領選出や英国の欧聯離脱等の、世界的ポピュリスト・ナショナリズムの擡頭を背景に、現代政治の直面する課題を考察してゐる。著者は、過去数十年の民主主義の世界的後退の中に、政治の対立軸が経済問題よりアイデンティティを廻るものへと変化したと指摘する。

 現在の「憤りの政治」は、人々の経済的利己心のみならず、集団の尊厳が損はれ、無視せられてゐると云ふ感情に根ざしてゐる。此根底には、尊厳の承認を求むる人間の普遍的なる魂の働きである「テュモス(thymos)」と云ふ承認欲求がある。テュモスは、他者と平等なる尊厳を求むる「アイソサミア(対等願望)」と、他者より優れてゐると認められたい「メガロサミア(優越願望)」に分け得る。リベラル民主主義は最低限の尊厳の平等を約束すれども、社会の周縁に追遣られてきた人々にとって、真の尊重は得難いものである。トランプの類のポピュリスト指導者は、メガロサミアとアイソサミアとの結束ねられた結果、尊厳を軽んぜられてゐると感ずる一般の人々の憤りを利用した。

 近代に於るアイデンティティの概念は、内なる自己の価値を、其を適切に評価せぬ外部社会の規範や規則よりも重視すると云ふ思想の発展と与に生まれた。ルターの宗教改革や、ルソーの「内なる自己は本質的に善である」と云ふ思想的転換が其基盤にはある。

 現代の「アイデンティティ政治」は、左派では、#MeToo運動やブラック・ライブズ・マター運動に代表せられるやうに、周縁化せられた集団が、自分等の「生きた経験」に基づいた独⾃のアイデンティティの承認を求むる形で現れた。然し、左派が狭く定義せられたアイデンティティ集団に焦点を絞る余りに、白人労働者階級の如き大集団が取残され、経済格差への対応が疎かになった。

 是を以て、「ポリテカル・コレクトネス」(政治的正しさ)を求むる左派の動きへの反発が右派の結集を促した。右派のナショナリスト等は、地方在住者や伝統的価値観を持つ人々のアイデンティティが都市のエリートに依て閑却せられてゐると云ふ憤懣を表明し、地盤沈下した中間層の「地位の喪失」の感覚を巧みにアイデンティティの問題に翻訳した。

 斯くの如き分断とナショナリズムとの暴走を防ぐ為には、シリア内戦の例が示すやうに、社会の安定や民主主義の機能に不可欠なるナショナル・アイデンティティの再構築が不可欠である。ナショナル・アイデンティティは、腐敗の抑制や経済発展を促す機能も持つ。

 ナショナル・アイデンティティは、人種や民族に基づく排他的なるものにあってはならない。著者は、現代の多様なる社会では、立憲政治・法の支配・人間の平等の類の普遍的自由民主主義の基本理念に基づいた、多様性に開かれた「理念のアイデンティティ」を形成する必要があると主張する。更に、移民の同化を促進する為の公教育の強化や、国籍法の見直し(血統主義から出生地主義への転換等)が如き具体的公共政策を実施し、社会全体として統合を目指すことが求められるとする。

読書履歴

2025/11/30 264ページ 読了

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 筆者は、アイデンティティ概念の原型は政治思想史の脈絡の中に見出し得、と思想家等の思索の変遷を追ふ。ルソーは承認欲求を社会の出現の影響の負の産物と看做ししかども、今日の自然科学の知見は矜持自尊心をセロトニン等と聯関ある生物学的特徴なりと明かしたりとぞ。

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1. 秩序と統一性との提供:多様なる集団を纏め、国家に共通の目的を与へる。
2. 政府の質の向上:官僚は近視眼的利益に替へて、公共の利益を優先するやうになる。
3. 経済発展の促進:国民が国の為に働くことに誇りを持ち、国家主導の開発を可能にする。
4. 広範囲な信頼の醸成:集団内の信頼(結合型社会関係資本)のみならず、社会全体に於る信頼(橋渡し型社会関係資本)を育む。
5. 社会福祉の維持:国民が「大家族」の一員であると感ぜれば、弱者を支援する社会プログラムへの支持が高まる。
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 本書は、2016年のトランプ米大統領選出や英国の欧聯離脱等の、世界的ポピュリスト・ナショナリズムの擡頭を背景に、現代政治の直面する課題を考察してゐる。著者は、過去数十年の民主主義の世界的後退の中に、政治の対立軸が経済問題よりアイデンティティを廻るものへと変化したと指摘する。

 現在の「憤りの政治」は、人々の経済的利己心のみならず、集団の尊厳が損はれ、無視せられてゐると云ふ感情に根ざしてゐる。此根底には、尊厳の承認を求むる人間の普遍的なる魂の働きである「テュモス(thymos)」と云ふ承認欲求がある。テュモスは、他者と平等なる尊厳を求むる「アイソサミア(対等願望)」と、他者より優れてゐると認められたい「メガロサミア(優越願望)」に分け得る。リベラル民主主義は最低限の尊厳の平等を約束すれども、社会の周縁に追遣られてきた人々にとって、真の尊重は得難いものである。トランプの類のポピュリスト指導者は、メガロサミアとアイソサミアとの結束ねられた結果、尊厳を軽んぜられてゐると感ずる一般の人々の憤りを利用した。

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 是を以て、「ポリテカル・コレクトネス」(政治的正しさ)を求むる左派の動きへの反発が右派の結集を促した。右派のナショナリスト等は、地方在住者や伝統的価値観を持つ人々のアイデンティティが都市のエリートに依て閑却せられてゐると云ふ憤懣を表明し、地盤沈下した中間層の「地位の喪失」の感覚を巧みにアイデンティティの問題に翻訳した。

 斯くの如き分断とナショナリズムとの暴走を防ぐ為には、シリア内戦の例が示すやうに、社会の安定や民主主義の機能に不可欠なるナショナル・アイデンティティの再構築が不可欠である。ナショナル・アイデンティティは、腐敗の抑制や経済発展を促す機能も持つ。

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