レビュー
H. Tarkun
2011年12月読了
「科学的言説に帰納法は使えない」と演繹による理論体系や科学的言説における「確率」の捉え方を論ずる。
当たる確率の高い仮説ほど、その仮説が明らかにしようとする科学的事実に対する「証拠の度合い」が低い、というのはなかなか面白い。例えば、占いや予言の類は、何となくあたる訳で、それは何らかの科学的事実を説明しようとしていても、全く価値がない。
ある理論を反証する事象の集合が大きいほど、その理論がより多くの事を説明するという、良く考えれば当たり前であるが、直感的には気付かない点は非常に興味深い。
311後の日本において、地震や放射線に関する言説の正当性を考える際に、ポパーのいうことはとても示唆的だと思う。
当たる確率の高い仮説ほど、その仮説が明らかにしようとする科学的事実に対する「証拠の度合い」が低い、というのはなかなか面白い。例えば、占いや予言の類は、何となくあたる訳で、それは何らかの科学的事実を説明しようとしていても、全く価値がない。
ある理論を反証する事象の集合が大きいほど、その理論がより多くの事を説明するという、良く考えれば当たり前であるが、直感的には気付かない点は非常に興味深い。
311後の日本において、地震や放射線に関する言説の正当性を考える際に、ポパーのいうことはとても示唆的だと思う。
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