みんなの評価
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レビュー
◽️雑感
本書は精神疾患に関する神経科学の知見を幾分か専門的に講説する自然科学系の教養新書なり。
一読せば、社会構築主義に依拠せる反精神医学運動家の精神病論の妄説なるを能く解得すべし。
脳科学者等は、精神疾患の原因の多くは脳に由来すると考へてゐる。過去の脳損傷の事例より、脳の特定部位が損傷すると、精神状態や心の在り方が大きく変化することが示されてゐると云ふ。精神疾患患者の脳には、アルツハイマー病の類の大なる細胞死に依る萎縮は殆ど見られず、シナプスの僅かなる不具合が原因であると多くの研究者が考へてゐる。
殆どの精神疾患は遺伝要因と環境要因との両方の影響に依て発症すれども、統合失調症・自閉スペクトラム症(ASD)・双極性障害は、環境要因よりも遺伝要因の影響の大なるとの知見は識者間に膾炙せり。
近年の計算神経科学に於ては、①脳は「ベイズ推論」と称ばるる統計学的手法を以て世界を知覚し、②カール・フリストンの「自由エネルギー原理」に従うて知覚や学習・行動を決定してゐる、と云ふ視点が主流になりつつあるとぞ。
鬱病患者の脳内には炎症が見られ、慢性ストレスによる脳内炎症は、ASDや統合失調症、アルツハイマー病、脳梗塞・脳出血の虞ありとの由。
◽️不正確なる大要
現代社会は「ストレス社会」と称ばれ、心の病は深刻化してゐる。心の病の治癒が難しい訣は、患者の脳内で何が起きてゐるか不明な点が多い故であり、脳科学者は脳を正しく理解する「脳リテラシー」が予防や治癒の鍵になると考へてゐる。
本書では、統合失調症や鬱病・自閉スペクトラム症(ASD)等の精神疾患の原因を、分子や細胞レベルのシナプス・遺伝子・神経回路と多階層的なる視点より解明することを目指してゐる。是等の疾患では、神経細胞の顕著なる細胞死は見られず、主にシナプスや神経回路の機能変化が原因だと考へられてゐる。
統合失調症に関して、遺伝学的研究よりシナプス機能の不具合が示唆せられてゐる。殊にシナプスの強さを変へる構造物なるスパインの異常(数や密度の低下・大きさの変化)が見られ、是が神経回路の情報伝達を歪め、幻覚や妄想等の症状を惹起すると云ふ新しい仮説がある。稀なれど影響度の大きいゲノム変異の解析は、特定の分子メカニズムを特定し、既存薬に依る治療改善の可能性を示した。
鬱病は慢性ストレスが原因となり得、ストレスが海馬や内側前頭前野の神経細胞の樹状突起を退縮せさせる。此ストレス感受性の背景には、遺伝情報に依らぬ遺伝子の働き方(エピジェネティクス)や、内側前頭前野でのミクログリア活性化を伴ふ脳内炎症が関はってゐることが動物実験で示された。
自閉スペクトラム症(ASD)は遺伝的要因が強く、脳の発達期に於ける興奮性と抑制性との神経細胞活動の均衡の崩れが、感覚過敏やコミュニケーション障害の一因と考へられてゐる。ASDの支援に於て、単純化せられて刺激の少ないロボットは、患者が対人スキル(視線合せや共同注視)を練習する為の有効なツールとなることが確認せられた。
ADHDは、実行機能の障害・報酬系の機能障害(報酬遅延の嫌悪)・或は時間感覚のずれ等、複数の脳機能障害が複雑に絡合って生じてゐる多様なる病態の集合である。薬物治療は、ドーパミンやノルアドレナリンの作用を増強することで、是等の機能改善を図る。
双極性障害は、ミトコンドリア機能障害に依るカルシウム調節異常が関与し、感情関聯神経回路が過剰に興奮し易い状態にあると云ふ仮説に基づき研究が進められてゐる。
PTSDの治療に於ては、恐怖記憶の忘却を促すアプローチが有望視せられてをり、海馬の神経新生を促進する薬が臨床試験で治療効果を示す可能性がある。
又、最新の技術として、脳活動をリアルタイムで計測し、其をフィードバックすることで自己制御を訓練する新療法ニューロフィードバックの一種である、fMRIと機械学習とを組合わせたDecNef(デコーディング・ニューロフィードバック)が注目せられてゐる。DecNefは、意識的努力無しに脳活動パターンを操作し、PTSD患者の恐怖反応を緩和する可能性を示した。
精神疾患の研究は、ナノメートル単位の分子(DNA)・マイクロメートル単位の細胞やシナプス・ミリメートル単位の脳構造と云った異なるスケールで行はれてをり、其々が相互に関聯しながらも独立した分野として発展してゐる。是等の階層を超江た繫りを、全体として理解しようとするマルチスケールの精神病態の構成的理解(マルチスケール脳)の如き研究集団が、精神疾患の謎の解明に向けて協力してゐると云ふ。本書は、分子・細胞・脳髄の各階層での研究成果が、精神疾患の全体像の理解に少しづつ貢献してゐることを示唆してゐる。
本書は精神疾患に関する神経科学の知見を幾分か専門的に講説する自然科学系の教養新書なり。
一読せば、社会構築主義に依拠せる反精神医学運動家の精神病論の妄説なるを能く解得すべし。
脳科学者等は、精神疾患の原因の多くは脳に由来すると考へてゐる。過去の脳損傷の事例より、脳の特定部位が損傷すると、精神状態や心の在り方が大きく変化することが示されてゐると云ふ。精神疾患患者の脳には、アルツハイマー病の類の大なる細胞死に依る萎縮は殆ど見られず、シナプスの僅かなる不具合が原因であると多くの研究者が考へてゐる。
殆どの精神疾患は遺伝要因と環境要因との両方の影響に依て発症すれども、統合失調症・自閉スペクトラム症(ASD)・双極性障害は、環境要因よりも遺伝要因の影響の大なるとの知見は識者間に膾炙せり。
近年の計算神経科学に於ては、①脳は「ベイズ推論」と称ばるる統計学的手法を以て世界を知覚し、②カール・フリストンの「自由エネルギー原理」に従うて知覚や学習・行動を決定してゐる、と云ふ視点が主流になりつつあるとぞ。
鬱病患者の脳内には炎症が見られ、慢性ストレスによる脳内炎症は、ASDや統合失調症、アルツハイマー病、脳梗塞・脳出血の虞ありとの由。
◽️不正確なる大要
現代社会は「ストレス社会」と称ばれ、心の病は深刻化してゐる。心の病の治癒が難しい訣は、患者の脳内で何が起きてゐるか不明な点が多い故であり、脳科学者は脳を正しく理解する「脳リテラシー」が予防や治癒の鍵になると考へてゐる。
本書では、統合失調症や鬱病・自閉スペクトラム症(ASD)等の精神疾患の原因を、分子や細胞レベルのシナプス・遺伝子・神経回路と多階層的なる視点より解明することを目指してゐる。是等の疾患では、神経細胞の顕著なる細胞死は見られず、主にシナプスや神経回路の機能変化が原因だと考へられてゐる。
統合失調症に関して、遺伝学的研究よりシナプス機能の不具合が示唆せられてゐる。殊にシナプスの強さを変へる構造物なるスパインの異常(数や密度の低下・大きさの変化)が見られ、是が神経回路の情報伝達を歪め、幻覚や妄想等の症状を惹起すると云ふ新しい仮説がある。稀なれど影響度の大きいゲノム変異の解析は、特定の分子メカニズムを特定し、既存薬に依る治療改善の可能性を示した。
鬱病は慢性ストレスが原因となり得、ストレスが海馬や内側前頭前野の神経細胞の樹状突起を退縮せさせる。此ストレス感受性の背景には、遺伝情報に依らぬ遺伝子の働き方(エピジェネティクス)や、内側前頭前野でのミクログリア活性化を伴ふ脳内炎症が関はってゐることが動物実験で示された。
自閉スペクトラム症(ASD)は遺伝的要因が強く、脳の発達期に於ける興奮性と抑制性との神経細胞活動の均衡の崩れが、感覚過敏やコミュニケーション障害の一因と考へられてゐる。ASDの支援に於て、単純化せられて刺激の少ないロボットは、患者が対人スキル(視線合せや共同注視)を練習する為の有効なツールとなることが確認せられた。
ADHDは、実行機能の障害・報酬系の機能障害(報酬遅延の嫌悪)・或は時間感覚のずれ等、複数の脳機能障害が複雑に絡合って生じてゐる多様なる病態の集合である。薬物治療は、ドーパミンやノルアドレナリンの作用を増強することで、是等の機能改善を図る。
双極性障害は、ミトコンドリア機能障害に依るカルシウム調節異常が関与し、感情関聯神経回路が過剰に興奮し易い状態にあると云ふ仮説に基づき研究が進められてゐる。
PTSDの治療に於ては、恐怖記憶の忘却を促すアプローチが有望視せられてをり、海馬の神経新生を促進する薬が臨床試験で治療効果を示す可能性がある。
又、最新の技術として、脳活動をリアルタイムで計測し、其をフィードバックすることで自己制御を訓練する新療法ニューロフィードバックの一種である、fMRIと機械学習とを組合わせたDecNef(デコーディング・ニューロフィードバック)が注目せられてゐる。DecNefは、意識的努力無しに脳活動パターンを操作し、PTSD患者の恐怖反応を緩和する可能性を示した。
精神疾患の研究は、ナノメートル単位の分子(DNA)・マイクロメートル単位の細胞やシナプス・ミリメートル単位の脳構造と云った異なるスケールで行はれてをり、其々が相互に関聯しながらも独立した分野として発展してゐる。是等の階層を超江た繫りを、全体として理解しようとするマルチスケールの精神病態の構成的理解(マルチスケール脳)の如き研究集団が、精神疾患の謎の解明に向けて協力してゐると云ふ。本書は、分子・細胞・脳髄の各階層での研究成果が、精神疾患の全体像の理解に少しづつ貢献してゐることを示唆してゐる。