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「こころ」はいかにして生まれるのか

「こころ」はいかにして生まれるのか

櫻井武

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餼羊軒
餼羊軒
2025年11月読了
◽️雑感
人間の意思決定は意識より下なる情動に左右せらるる面もあれば、人の行動を決するは意識に非ず、複合的なる機序の「こころ」にある、との指摘は、奇しくも20世紀西洋思想の、意識の統御の埒外なる無意識の発見に通ずる所ありて、暗合にしても面白い。

大脳皮質の殆ど未発達なる原始的動物にすら嫌悪・歓喜の情ありて、「こころ」の原型を有せりとの説は、人獣の境界を考ふるに慮るべき知見にや。

情動の起源を廻る「泣くから悲しい/悲しいから泣く」論争。
脳は身体応答を生めども、身体応答は脳自体にも影響を与へ、身体反応(泣く)を引起こした要因を類推する脳の「原因帰属の認知」に依て情動体験は決定せられる、との由。情動の認識機序は再帰的なるめり。

感情の必要性とは。
①生存確率を高むる為:不安・恐怖無くは生存能力を著しく損なひ、歓喜は報酬となる。
②意思決定の後押しの為:縦し判断に理性のみ用ゐば、時に永遠に判断附かぬこともあらむ。

P. エクマンの普遍的感情の六情。
「怒り」「悪み」「恐れ」「喜び」「悲しみ」「驚き」
「情動の伝播」なる、他人の表情の視認は、己の情動に影響を及ぼす現象ありと。

感情の三要素
①好ましいか・好ましくないか (Valence)
②どのくらゐエキサイティングか (Arousal 又は Salience)
③其状況を自分で制御可能か、或は圧倒せられてしまふか (Dominance)

◽️不正確なる大要
 本書は、神経科学的な視点より「こころ」の動きと情動のメカニズムとを解き明かす。感情や精神機能は脳が司るものの、「こころ」は脳単独の機能ではなく、全身の感覚情報や末梢臓器の状態(自律神経系や内分泌系を介する)が脳にフィードバックせられ、其機能に影響を与へてゐる。脳と身体はユニットとして機能してゐる。

 「こころ」の核となる情動は、進化的に新しい大脳皮質よりも、古い脳深部の構造、特に大脳辺縁系(主に扁桃体と海馬)で生成せられる。情動は、動物が生存確率を高むるべく、有害又は有益なる状況(顕著な情報)に迅速に対処する為に不可欠な機能である。
感覚情報が脳に入力せられると、其は二つの並列経路で処理せられる。
・一つは、大脳皮質へ送られ、感覚情報の物理的性質を精緻に分析・認知する経路。
・もう一つは、扁桃体へ送られ、其情報が持つ情動的価値(恐怖や報酬など)を迅速に評価する経路である。
斯かる故に、危険なる刺激に遭遇した際、意識が其対象を認知するより早く、扁桃体が興奮し、心拍数増加や発汗などの身体反応(情動表出)が引起こされる。情動とは、かうした客観的な情動表出と、主観的なる情動体験(感情)を合はせた概念である。

 大脳辺縁系は記憶とも深く関はる。
・海馬はエピソードや知識の陳述記憶の形成に重要であり、
・扁桃体は特定の感覚情報と情動を関連付くる情動記憶を担ふ。
情動の強さは記憶に重みづけを行ひ、強いストレス時に分泌せられる糖質コルチコイドなどのホルモンは、情動記憶を強化する一方、陳述記憶を弱むる作用がある。

 又、動物の行動は、恐怖や不安だけでなく、報酬系に依っても強く駆動せられる。報酬系は、腹側被蓋野(VTA)のドーパミン作動性ニューロンから側坐核へドーパミンが放出せられることで作動し、其結果として得られた行動を強化する(病みつきになる)。脳は、確実な報酬よりも、不確実な報酬や予測を上回る報酬(報酬予測誤差)に対してドーパミンを強く放出し、行動を促進する。

 ヒトの脳では、進化的に新しい前頭前野が著しく発達し、感覚情報の統合・論理的思考・未来予測(実行機能)といった高次な認知機能を担ふ。前頭前野は、情動に依る衝動的な行動を、社会的な文脈や倫理的判断に基づいて制御する役割を持つ。更にヒトは、他者の感情を脳内で疑似体験する共感性や社会性を持ち、是が複雑な「こころ」を形成する。

 最終的に、「こころ」とは、①脳深部の情動・報酬系システムが引き起こす行動や、②自律神経系・内分泌系を介した全身の状態の変化を、③大脳皮質(特に前頭前野)が認知・統合することで完成せられる、主観的な精神機能である。情動システムは学習に依て書換へ可能であるが故に、「こころ」も環境や社会の変化に伴て絶江ず進化してゆくものである。

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