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「正しさ」の商人

「正しさ」の商人

林智裕

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レビュー

餼羊軒
餼羊軒
2025年11月読了
◽️雑感
 福島出身・在住の著者の憤懣悲嘆の痛切なること筆舌及ぶに能はず。故に摘要を以て吾が感想に代ふ。

 曰く、カタカナ表記の「フクシマ」は、広島・長崎と同様に悲劇の象徴として政治的メッセージの文脈で作り出された。然し、是は福島より日常性を排除し、純粋なる被害者性のみを求むる虚構であり、現実と虚構との境界を曖昧にせられたことで、デマやオカルト的印象操作、政治的プロパガンダに利用せられる深刻な弊害を齎した、と。

 曰く、国聯科学委員会(UNSCEAR)は福島での健康被害は無いと報告したにも拘らず、多くの言論人やメディアは此「朗報」を黙殺し、寧ろ「被曝影響で甲状腺癌が発生してゐる」と、斯くの如き報道を繰返した。復興庁の制作した福島の現状を伝へむとする弘報は、「未だ苦しんでみる人への配慮を欠く」などと独善的「正義」を理由に、多くのテレビ局で放送を拒否せられた。是は、マスメディアがいかに強固に情報災害を温存せさせ続けてきたかを象徴する出来事である、と。

曰く、風評加害者は、客観的且つ正確なる事実を求めて受動的に惑はされたのではなく、主観的且つ自分等が望む「真実」を求めて能動的に流言を広めたと著者は云ふ。彼等は科学的知見や事実を認識してゐるにも拘らず、其を無視し、被害者の抗議を嘲笑し、時には暴力的な私刑や糾弾まで行ふ。其背景には、政治的要因や特定の信念、党派性が絡むことがある、と。

 総じて実例に憑拠して論を立てたれば、天災被害既に審詳の途にあれども、人災加害未だ覆蓋の闇にあること明々白々なり。庶はくは造言誣説の口に誅罰の下らむことを。

◽️不正確なる大要
 本書は、「正しさ」を売弘むる勢力に依る「情報災害」と「風評加害」との深刻なる実態を分析するものである。

 「情報災害」とは、誤った情報に依て、助かる筈の存在に犠牲や被害を齎す災害であり、「風評加害」とは、意図的なる虚偽情報の伝聞や情報操作に依て、正確なる情報の伝播・拡散を妨げ、誤解や偏見を温存・拡大せしめむとする言動を指す。

 現代社会では、客観的なる「正確さ(Correctness)」よりも、人々の「不安」「怒り」、而して「正義(Justice)」が優先せられ、客観的事実が人々の印象や独善的正義に依て上書きせられる「ポスト・トゥルース」の構造が見られる。

 其普遍的事例として、新型コロナウイルス禍に於る専門家発言の意図的なる編集・拡散や、殊に深刻なる被害を齎したHPVワクチン勧奨中止問題がある。

 HPVワクチンは安全性が確立せられてゐたにも拘らず、偏向・煽情的なる報道に依り、積極的勧奨が八年以上に亙り中止せられ、防ぎ得た筈の子宮頸癌に依る犠牲が長期に亙って放置せられた。

 就中、東電原発事故に伴ふ情報災害は、最も大規模且つ破局的であった。国際的なる科学的知見に依れば、原発事故由来の被曝による健康被害は起きてをらず、今後も考へられないにも拘らず、「フクシマ」と云ふ悲劇の象徴化せられた言説が喧伝せられ、現地の正確なる状況や当事者の声が無視せられた。

 此情報災害の長期化の背景には、正確なる情報の拡散を妨害し、誤解や偏見を温存せさせる「風評加害」の存在がある。風評加害者は、福島を巡る負の「予言」が実証的に否定せられても尚、訂正や謝罪をせず、自らの信ずる「真実」やイデオロギーに基づき、事実の受容を明確に拒絶する。彼等は処理水問題を巡り、科学的に安全なる「処理水」を意図的に「汚染水」と呼び続け、不安を煽る。

 斯くの如き状況に対し、行政やマスメディアの対応は往々にして不十分であった。マスメディアの一部は寧ろ、誤解を招く題名や数字の意図的なる強調(仄めかし)を用ゐて不安を煽り、情報災害の温存・維持に加担する構図が見られた。又行政に依る飛語への直接的反論や法的対応は、「寝た子を起こすな論」等の否定的意見に阻まれ、粗悪な情報が放置せられ続けた。

 其結果、福島では被曝其自体に依る健康被害は無けれども、流言を信じた避難の長期化や、其に依る心身の負担より生ずる「震災関聯死」が直接死を大幅に上回り、家族の離散(震災離婚)等、甚大なる人的・社会的被害が発生した。

 情報災害を克服するには、啻に正しい情報を発信するのみならず、人々の関心を惹きつけ信頼を得ること、而して危険で誤った情報を放置せず、毅然と反論し排除することが不可欠である。情報災害は、現代社会に生きる誰もが直面する脅威であると論を結ぶ。

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