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レビュー

「悪意」とはこういうものをいうのか。根拠も実態もない曖昧模糊とした負の感情を「悪意」というのか。
本作で描かれた殺人の根源にある「悪意」には、少なくとも明確な理由というのはなかった。「気に食わなかったから」「なんとなく」そういった理由だった。たしかに、確固とした輪郭を持たず、その正体が靄がかっており判然としない犯罪的感情が、人間の胸中に常に渦巻いていることは確かだと思う。しかし、そうした感情は倫理や法律などの所謂、常識において抑制されており、行動の根源となり得ることは少ない。したがって、このようなモヤモヤとした感情を伴う行動は、必ず衝動的なものになると私は考えていた。
このように作者が描く「悪意」と、私の考える「悪意」との間に齟齬があることから、本書の結末に疑問というべきか、違和感を抱かざるを得ない。
自身の心にあるどす黒い悪意を日常的に自覚しており、なんでもないことが発端となり、殺人に至った。その罪を何とか隠蔽すべく、周りを欺き、自分を偽る。しかし、結果としてその巧妙なトリックはひょんなことが決め手となり、崩壊していく。そして、時代や状況においては誰にでも共通する動機が語られる。
本書の内容がこのようだったら、その動機の源となった感情を「悪意」という著者の意図に納得できただろう。
いや、このような内容だとしたら、ありきたり過ぎてそもそも面白くないか。
著者と私の間に認識の相違があり、どうしても著者の考えに頷けない私にとって、本書の評価は芳しいものではない。
しかし、この小説における著者の企みと意気込みと着眼点には感動すら覚えた。
多くのミステリー小説において、徐々に判明していくのは「手段」、つまりトリックである。しかし、本書でページを捲るごとに発覚していくのは「動機」である。手段と異なり、動機の多くは事件の全貌が解き明かされた後に、犯人が自分とその現状の雰囲気に酔い吐露する。(余談であるが、本書の著者とは異なる小説家が描いた物語に、動機に興味のない探偵がいたなぁ。)
したがってこれまでの小説では、動機とは犯人の葛藤や、不条理を裏付けるものとして非常に重要なものであるにも関わらず、読者が何を考えなくても自ずと語られるものだったはずだ。
著者はこの暗黙の了解に挑戦したのだ。
手段を隠蔽するためのトリックではなく、動機を隠蔽するためのトリックを考えた。
殺人事件においてこうも動機が大切なのかと思い知らされたと同時に、これぐらいの動機を隠す為によく手間暇のかかる準備に時間をかけられたなと驚く。
終に待ち受けていた結末ではなく、その前で幕を下ろしていたなら本書は間違いなく傑作だった。
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